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SPECIAL

素晴らしい映画にはその世界観を支える名曲が必ず存在します。「歎異抄をひらく」も、美しく繊細なメロディーとシーンを盛り上げるBGMが渾然一体となり、素晴らしい物語が紡がれています。音楽を担当した長谷部徹さんは映画「20世紀少年」や数々のドラマ音楽を手がけた、第一線で活躍されている作曲家です。前作「なぜ生きる」でも感動的な音楽の数々を提供していただきました。今回は映画製作のキーマンのお一人でもある長谷部徹さんに音楽制作秘話や『歎異抄』についてお話を伺いました!

 

顔を上げて生きるような雰囲気を、この映画に込めたいと思った

 

まず脚本を読んだ時の印象をお聞かせてください。

長谷部:
唯円を中心に青春の物語が展開していて、喜び、悲しみ、悩み、その中で親鸞聖人の教えが説かれていてとても意表を突かれました。もう少し硬い話かと思っていました。

脚本を読んだあと、どのような世界観を持った音楽にしたいと思われましたか? 

長谷部:

瑞々しい青春の音楽・・・その中に人間の生老病死も描けるような楽曲を作りたいと思いました。テーマは若くて意気軒昂な、顔を上げて生きるような雰囲気が欲しいと思っていました。

今作のメインテーマについて長谷部さんの思いを含め解説をお願いします。

長谷部:
今回のメインテーマは青春の息遣いも欲しいし、それが後年の唯円と親鸞聖人の会話の中にもしっくり使えるようにもしたいし、晩年の唯円のシーンにも違和感なく、他の曲の中にもスッと入り込めるように・・・ということで考えました。難産、とまではいきませんでしたが、「なぜ生きる」よりもいろいろなことに思考を巡らせました。
※「メインテーマ」とは、映画、アニメ、ゲームなどで作品を象徴する音楽のこと

今回いちばん苦労された楽曲はどのシーンでしたか? 楽曲以外でも苦労された点があれば教えてください。

長谷部:
熊に襲われるシーンの音楽は短いですが、音数も多く、瞬発力もいるし、絵コンテだけではよくわからなかった熊の表情の変化もあるし・・・ということで書くのが大変でした。テンポも速く、動きもあるこの曲を限られたスタジオでのレコーディングの時間内でオーケストラのメンバー(特に弦のセクション)がすんなり弾けるかどうかも心配しました。

前作「なぜ生きる」と今作での音楽作りにおいて違いなどあれば教えてください。

長谷部:
「なぜ生きる」は法難に遭ったり、蓮如上人と弟子たち、門徒たちの新しい土地への出発など、壮大で叙事詩的な、イベントが多い映画でした。そのため、スケール感のある音楽が欲しいと思って書きました。「歎異抄をひらく」は青春の息遣い、生きるということ死ぬということ、そういうものへ耳を澄ませて初めて聞こえてくるような音楽が欲しいと思いました。

今作のアレンジ(編曲)について、こだわった点などあればお聞かせください。

長谷部:
自分の中でその曲の手触りがいいかどうか、そのシーンの中でなめらかに違和感なく存在できる音楽かどうか、を考えて、結局「なぜ生きる」よりも少し薄い(楽器の少ない)編成が多くなりました。「なぜ生きる」と同じくらいの編成(楽器の数)は組んでありましたが。私は「作編曲家」なので、アレンジ単体で考えるということはあまりなく、曲ができると同時にアレンジのイメージも考えています。新たな作品を編曲するごとに、それぞれ違うアプローチを模索すると思います。

 

映画音楽の魅力は、緻密に設計されたオーダーメイドの音楽が作れること

 

長谷部さんの音楽作りについて少し具体的に教えてください。

長谷部:
企業秘密ですが(笑)、まず、頭の中に浮かんだメロディーをiPadの譜面ソフトに書き込みます。そのときに肝心なのはテンポ感やコード(和声)も書き込んでおくことです。それらが伴わないと、後で見たときにそのメロディーの意味が思い出せないことがあります。コード感などはキーボードを弾いて確かめることもあります。iPadに書いたものを、他の譜面ソフトでも開けるようなファイル形式で自分のMacにメールで送り、別の譜面ソフトで開いて作り込んでいきます。

映画音楽の魅力や苦労する点を教えてください。

長谷部:
映画音楽の良さは、1曲ずつシーンに当てはめて作り込むことができるということだと思います。連続ドラマだと、まだ映像のできてない段階で音楽打ち合わせをして、場合によっては映像を全く見ないで台本とディレクターやプロデューサーから聞いたことだけを元に作ってしまいますから、あとは選曲屋さんという専門家がそのシーンごとにサイズも合わせてはめてくれます。
その場合は曲の末尾はフェイドアウトにしたり、途中で編集を入れたりしなければなりません。そこへ行くと映画は1曲ずつがそのシーンにぴったり作られたオーダーメイドというわけで、サイズもぴったり作られています。それが細かい映像の変化に対応したり、あえて映像に逆らったり、曲調もテンポも変化したり・・・。映画音楽の面白さだと思います。
しかし、録音直前や録音してから諸事情で映像のサイズが変わることもあり、その場合は録音直前に手直しすることになり、てんてこ舞いになったり、後から選曲の人に編集をしてもらったりという事態になります。

 

『歎異抄』の世界から感じとれる、親鸞聖人の斬新さと人間力に魅せられた

 

『歎異抄』についてどういう印象をお持ちでしたか?

長谷部:
学校で習っただけで、中身をほとんど知りませんでした。今回、脚本を頂いたので目を通しました。面白いと思ったのは親鸞聖人の思いのほかの自然体っぷりです。それは信仰からくる余裕にも見えますし、親鸞聖人の人間力なのかもしれません。魅力的です。

『歎異抄』の中で印象に残っている一節があればその理由と合わせて教えてください。

長谷部:
第9章の「念仏申し候えども、踊躍歓喜の心おろそかに候こと~」と尋ねられたのに対して、「親鸞もこの不審ありつるに、唯円坊、同じ心にてありけり。よくよく案じみれば~」と返すくだり。自分の煩悩を認めて話をされる聖人のリラックス具合が、救いの門戸の広さを感じさせて、それがいいです。映画の中でも終盤に出てくるシーンですね。

『歎異抄』の魅力はどういうところだと思われますか?

長谷部:
人間のしようもないところ、煩悩、欲望に目を背けずにリラックスして語られる言葉の、人間臭い魅力、嘘のない生身の魅力でしょうか。時代を考えると新し過ぎというくらいに新しかったのですね。

 

音楽の存在を忘れるくらい映画になじんでいたらうれしい

 

実際にスクリーンで鑑賞した時の感想をお聞かせください。

長谷部:
自分で書いておいてなんですけど、気持ちよく観られました。「なぜ生きる」よりもおとなしめの音楽に感じられるかもしれないですが。

観客の方に音楽の聞きどころを含め、メッセージをお願いします。

長谷部:
映画をごらんの間は音楽は皆さまの意識にのぼってこない、というくらいに映画の中に音楽がなじんでいたらいいなと思っています。そのうえで、音楽がこの映画の魅力に多少でも寄与できたら幸いです。

 

 

 

長谷部 徹(はせべ とおる)

一橋大学経済学部卒業、東京大学大学院医学系研究科(精神衛生学)修士課程を修了。
幼時よりクラシックピアノを始める。1990年代より映画、ドラマのサウンドトラックの制作(作曲/ 編曲)に携わる。映画「なぜ生きる -蓮如上人と吉崎炎上-」、「20 世紀少年」シリーズ、「はやぶさ/HAYABUSA」、「エイトレンジャー」他。